2023年 秋学期活動報告 - synClubとVariable Flavor Remixを起点としたナイトクラブ文化の行末について - Kai Obara
はじめに
私が、高校3年間過ごしていたアメリカのニューヨークでは、音楽やファッションを通じて各々が自由に自己を表現し、互いがそれを尊重しながら受け入れ合う環境があった。そのコミュニケーションから創られる文化の一員にいることが、筆者にとって最大の幸福であった。そこから、日本へ帰国し街を歩くと、皆が同じような音楽やファッションを好み、コトやものを選択する上で何か正解不正解がはっきりしているような、ある種の窮屈感を抱いた。しかしながら、皆が寝静まる夜に一般社会から少し離れた地下の空間で、音楽を起点とし人種や文化の垣根を超えた交流が行われる場があった。それが、ナイトクラブである。そして現在、新型コロナウイルスの影響を受け、ナイトクラブは大きな転換期を迎えている。大学の友人と始めたイベントは、平日ながら300人を動員する規模にまで拡大したものの、活動していたナイトクラブは閉店を余儀なくされ、筆者を含む日本のナイトクラブ文化を取り巻く人間は日々苦悩し続けている。本研究は、私に生きる楽しさを与えてくれたナイトクラブがどうにか、本質的な体験価値に遡り再起できないか、そして私の原点であるニューヨークでの経験のように、音楽を起点として多種多様な人々が集う空間の創出に向けて、取り組んだ過程を論述する。
この論文を通して、筆者の生きる場所であるナイトクラブに対しての理解が少しでもなされ、今後のナイトクラブ文化の活性化に向けて共に尽力できる日を心待ちにしている。
この文章は、私の修士論文の一部を抜粋したものです。そして、これこそが私にとってのナイトクラブ、およびDJに向き合い続け活動してきた中での根本にあるモチベーションです。特に、私は学部生の頃から一貫して変わらないナイトクラブとDJに対する想いを、研究に落とし込み形にしてきました。紆余曲折はありながらも周囲の人々による熱心な支援からここまで、制作を続けることができました。そして、それらを踏まえた私の想い全てが修士論文に込められていると言い切れるほど、執筆に尽力しました。そして、今回のMediumでは論文の導入になるような一部分を紹介できればと思います。紹介する主な取り組みは、全部で2つあります。
・音楽嗜好情報をもとにナイトクラブイベント・ナイトクラブDJと繋がるサービスの開発
・Variable Flavor Remix(VFR)を用いたパフォーマンス
以上に関して、取り組みをまとめた後に結びを述べようと思います。
synClubの開発
本研究では、音箱に人が集まらないことへの問題視から、音箱が発信するイベント情報が一方通行的であり、受け取る側の立場で考えられていないことを課題として捉えました。上記に関しては、日本のナイトクラブDJ(5名)に対する半構造化インタビューから問題を抽出し、仮説を設定しました。この取り組みに関しては、春学期に執筆した記事を参照してください。以上の内容を踏まえ、音箱が発信するイベント情報を対話的なやり取りをもとに情報を収集し提案をするウェブアプリケーションの開発を行いました。具体的には、個人の音楽嗜好からそれに適したナイトクラブイベントおよびDJを提案するウェブアプリケーション、synClubの開発を行いました。これにより、音箱へのきっかけと、人が集まる仕組みづくりを目的に取り組みました。
主なシステムの概要では、ユーザーがお気に入りの楽曲を入力すると、その楽曲の特徴から高程度、中程度そして低程度の3段階でそれに適した、今後開催予定のナイトクラブイベントの提案を行うよう実装しました。
また、synClubの開発では、前提としてフロントエンドがJavascriptライブラリのjQuery、バックエンドがウェブアプリケーションフレームワークのFlaskを使用しました。そして、楽曲検索ではSpotifyが提供するWeb APIを使用しており、ユーザーはSpotifyで検索できる範囲内で楽曲を検索することができるよう設計しました。加えて、取得される楽曲データは、主にSpotify APIで提供されている30秒の視聴音源を使用しました。
以上の内容から、ユーザーが送信した楽曲データとナイトクラブイベントが、どのような類似度計算処理を行っているのかについても説明していきます。前提として、これまでの楽曲を中心とした推奨システムは、基本的に楽曲と楽曲同士の特徴量を比較することによって類似度を計算し、ユーザーに楽曲の推奨を行ってきたものがほとんどでした。例えば、Spotifyではユーザーが日常的に聴いている楽曲をもとに自動でプレイリストの作成が行われるが、中身の処理としてはユーザーの視聴履歴にある楽曲データの収集を行い、同様に他のユーザーの視聴履歴にある楽曲データと比較することで、ユーザーの楽曲的嗜好を推測する手法である協調フィルタリングが採用されています。このように、楽曲と楽曲同士の特徴量を用いた音楽推奨システムは構築されているが、今回のsynClubで構築したユーザーにナイトクラブイベントを推奨する機能では、ユーザーが送信した楽曲とナイトクラブイベントで掲載されているキャプション、つまり説明文から音楽的表現を抽出し類似度の計算を行っています。これは、音声と言語の類似度が計算されることにより実現されました。具体的な技術に関してだが、大規模な機械学習モデルやデータセット、それに関連するコードを一般公開することを目的とした非営利団体であるLAION AIが提供する複数の音声と、テキストのペアを事前に訓練させたニューラルネットワークCLAP(Contrastive Language-Audio Pretraining)をsynClubの類似度計算に応用しています。特に、これまで音声と言語は異なる特徴空間で扱われていたため、計算処理が困難な状況にあったが、CLAPでは音声と言語(テキスト)を同じ512次元の特徴ベクトルで扱うことにより、双方の距離を計算することが可能となりました。これにより、synClubではユーザーが送信した楽曲の特徴と、各ナイトクラブイベントの説明文に含まれる音楽的表現の類似度を計算しています。また、類似度の計算では2点のベクトルの類似度を計算する尺度であるコサイン類似度を使用しました。

synClubでは、ナイトクラブイベントの抽出を、各ナイトクラブのInstagramアカウントから行っています。この抽出を行う際、InstagramではAPIが公布されておらず、当初スクレイピングの処理が困難でした。そのため、WebサイトのAPIを作成することができるWebスクレイピングと自動化プラットフォームApifyのAPIを利用して、スクレイピングを行いました。具体的な内容についてだが、事前に選定したナイトクラブのInstagramアカウントurlを記録したcsvファイルを読み込み、各ナイトクラブが投稿した12日前までイベント情報を抽出しています。12日前に設定した理由には、いくつかのナイトクラブアカウントでは約2週間前から、未だ開催されていないイベント情報を投稿していたことが1つとして挙げられます。そして、ここから抽出した情報は主に3点あります。1)イベント投稿url、2)掲載写真url:主にイベントのフライヤー画像、3)投稿の説明文だ。この情報を、先ほど説明したGoogle スプレッドシートのデータベースで管理しました。これにより、各ナイトクラブのイベント情報を最終的にユーザーへ提案できる形として抽出しています。特に、ここでの情報のやり取りに関しては、Google スプレッドシートのAPIを使用し、Flaskへ抽出したデータの送信を行うよう促しました。
また、スクレイピングした情報の説明文に関する処理については、前提として、CLAPでは楽曲の特徴と音楽的な表現を含むテキストから類似度の計算を行っています。しかし、現状の説明文ではナイトクラブの入場料や場所の情報など、音楽表現とは関係のない文章が包含されているため、ここでは抽出したイベントの説明文から、更に音楽ジャンルを一文で表現するテキストの変換を行いました。具体的には、Google Chromeの拡張機能であるGPT for Sheets and Docsを利用して、OpenAIが公開する人工知能チャットボットのChat GPTを扱いイベントの説明文から「音楽ジャンルを短く一文で表現して」というように英語で指定をし、音楽表現だけのテキストに変換しました。これにより、抽出したナイトクラブイベントの説明文から、そのイベントの様子を表す音楽表現を含んだテキストの生成が可能となり、ユーザーが送信した楽曲のデータと上記のテキストによる類似度計算処理を実行しました。



このウェブアプリケーションサービスの提案により、音箱へのきっかけと人が集まる仕組みづくりに向けて取り組みました。
Variable Flavor Remix(VFR)のパフォーマンス提案
日本のナイトクラブDJに対して行った半構造化インタビューの中では、日本人の特徴としてカラオケを例に、主体的に場を盛り上げることや、コントロールできる空間を好む傾向にあるため、そもそも主役がDJであるナイトクラブで、皆と一緒に楽しむこと自体に障壁があることも挙げられました。そもそも、カラオケという形態は個人が公共の場で他者と距離を置き、自分のプライベートな領域を確立し、個人主義的または自己中心的な行動をとるものであると主張されています。つまり、ナイトクラブ内の体験においても、多様な人々と交流する公共的な場でありながら、個人の独立した空間を確保することが重要になるのではないかと考えました。特に、現代のナイトクラブ体験では、他者との交流や協調性が重んじられてきました。しかし、日本人が好む傾向にあるカラオケ文化のように、クラブ内における個々の体験設計を行うことが音箱へ人を集める仕組みとして重要であると考えました。よって、DJがただ選曲をするだけでなく観客へ主体的にパフォーマンスの参加を促すことで、クラブ空間の中でもより個人としての体験を拡張し、ナイトクラブ経験の有無に関わらず音箱を含むナイトクラブへ足を運ぶきっかけになり得るのではないかと捉えました。その結果、観客からリクエストされた複数の楽曲を受信し、即興でリミックスするパフォーマンスシステムの提案を行いました。それが、Variable Flavor Remix(以降VFR)です。そして、ここでいうリミックスとは、複数の楽曲を織り交ぜながら同時に再生することを指します。特に、ここでは深層学習を用いた音源分離モデルと、楽曲内で周期性のあるループを抽出する技術を組み合わせることで複数人から送られた楽曲を即興でリミックスすることが実現しました。
VFRでは、観客とDJの双方が即興で情報のやり取りを行うため、事前にライブパフォーマンスで利用することを目的としたウェブアプリケーションの制作を行いました。具体的には、音楽嗜好情報を抽出するため、synClubでの処理と同様にSpotify APIを活用して、観客側が楽曲検索を行い、楽曲を送信できるような仕組みのものです。また、制作したウェブアプリケーションのフレームワークにはFlaskを利用し開発を行いました。
このウェブアプリケーションを通じて送信された楽曲データは、主にSpotify API経由で取得される30秒間の視聴音源です。これにより、観客から送信された30秒間の視聴音源をDJ側が受信できるようにしています。また、パフォーマンス時にはスマートフォンで読み取れるQRコードを提示しています。ここで、QRコードを読み取ることができれば、制作したウェブアプリケーションへアクセスすることができるようになっています。そして、アクセスした後に、Spotifyを通じて楽曲を送信する画面へと遷移します。また、楽曲を通じて送信される情報は4つあります。1)楽曲名、2)アーティスト名、3)視聴音源のURL、4)楽曲のカバーアートURLです。この情報の全てを、Googleが提供するバックエンドサービスであるFirebaseの中でもモバイル開発を行う際のデータベースであるCloud Firestoreで保存しています。

ここからは観客から受信した楽曲がどういった処理のもと、リミックスできる素材として使用されるようになるのかについて、説明していきます。前述したように、周期的なリズムを抽出しループとして利用できるようにする技術と、VFRでは楽曲をドラムやベース、ボーカルなどの音楽素材に分離する音源分離技術を用いています。この処理は、3つの流れによって構成されています。1)観客が送信した楽曲の受信、2)受信した楽曲からループの抽出、3)ループの抽出を終えた楽曲を更に音源分離します。
この処理を行うことで、複数人からリアルタイムで送られてくる楽曲を即興でリミックスすることに成功しました。また、具体的な技術の詳細に関してもこれから説明します。まず、観客が送信した楽曲は、Pythonの音響信号処理ライブラリMadmomを使用して、楽曲データにある特徴量からダウンビートの検出を行いました。ここで検出したダウンビートから、周期的で連続的な8拍のループを抽出しました。次に、ループ抽出された楽曲を、音源分離技術によりBass、Drums、Vocals、Otherなどといった、4つの音源に分離させました。この音源分離には、open-unmixを活用しました。以上のアプローチによって観客から送信された楽曲を4つの音源として分離しパフォーマンスを行いました。
これらを踏まえ、実際に行ったパフォーマンスについて説明していきます。特に、今回行ったパフォーマンスでは観客から送信された楽曲が音源分離された後、Ableton Live のセッションビュー とAbleton Push によってリミックスを行いました。上記の内容から、2023年4月に環境情報学の講義でθ館を利用し、約180名もの観客の前でパフォーマンスを行いました。


実際にパフォーマンスを終え、楽曲が採用された人の満足度は高かtた一方で、採用されなかった人や楽曲の送信に集中してしまいパフォーマンスへ集中できなかった人などの体験デザインは今後の課題としてあがりました。しかし、全体的な提案としては独創的なDJパフォーマンスの提案により、ナイトクラブへのきっかけを作ることに寄与できたと考えています。
今後のsynClubとVariable Flavor Remixを起点としたナイトクラブ文化の行末
今回の研究によって、複数のDJに対して行ったインタビュー記録から、ナイトクラブとは個々にとっての第3の居場所であり音楽を起点とした社交の場であることが伺えました。更に、ディスコと黒人のゲイによる関わりなどによるナイトクラブの文化的背景を踏まえると、ナイトクラブとは架空都市のようなものであることが考えられます。その、都市の構成要素には特定の音楽や人に加え、空間がそれぞれ築き上げられていると私は捉えました。つまり、人々にとってナイトクラブの体験とは架空都市へ旅をするようなものであり、そこにある音楽や人とのコミュニケーションによって自己との差異を認識する場所であることを主張したいです。この、自己との差異を認識することは自己概念を形成する上で、大事な行為であると考えます。そして、この体験は自身の嗜好とは離れた、ある種の異文化的な場所によって創発されることも1つとしていえるでしょう。しかし、現代の情報化社会において自身の嗜好とは違った場所を選択し、足を運ぶことは果たして容易なのか疑問に思います。特に、昨今において推奨される嗜好品などの情報は常に最適化され、ユーザーにとっては外れのない理想通りの選択をするために、数多くの提案がなされています。これにより、今後の社会では常に最適化された提案の範囲内でコトやものを選択し続けることで、選択の幅が狭まり人々の行動はより機械的になると考えます。この、フィルターバブル効果の末路ともいえる社会の中で、個々のアイデンティティはより同質化し、自己と他者の差異を認識することは今まで以上に難しくなるでしょう。特に、ナイトクラブ文化を形成していく上で、その根幹を担う音楽もSpotifyが提供するsped up化された楽曲を例に、より消費的で自己承認欲求を埋め合わせるための道具へと遷移する未来が容易に想像できます。このような未来の社会で、自己概念を形成できる機会は果たしてあるのだろうか。結論、ナイトクラブには必ずあります。これまで、ナイトクラブ文化とは音楽のサブカルチャーであり、サブカルチャーとは親文化に対する逸脱によってうまれることが主張されてきました。特に、モッズやパラダイスガレージの文化がそうであったように、ナイトクラブは今後も一般化社会とは相反する架空都市としてあり続けると考えます。しかし、今後人々の特性がより同質化していく未来を推察すると、ナイトクラブでは今まで以上に、限定的且つ他者を受け入れない部族的な場になっていくことも推察されます。
もし、この状況下でsynClubが人々の手元にあったなら、この分断された都市を繋ぐ架け橋になります。一般化社会から逸脱した場を見つけることは簡単ではないが、音楽嗜好といった個々の感性が、人々とナイトクラブを繋ぐきっかけになります。まずは、自身の嗜好に一番あったイベントに行ってみる、あるいは嗜好とは少し違ったイベントへ挑戦し行ってみる、そのどれもが個々にとって「いい音」と出会う手立てとなると考えます。この、いい音を構成する要素はクラブ内にある音楽や人そして空間であり、時にはその構成要素からなる想定外の体験により、人々は新たな自己概念を形成する機会を得るでしょう。また、synClubでの音楽体験はよりパーソナライズ化されていく可能性も考えられます。特に、synClubでは、VFRと同様にユーザーの楽曲嗜好を認識することができます。つまり、行き馴染みのない人に対しても事前に収集した情報からさまざまなアプローチがなされると推察します。その一つとして、今期チームで制作した指向性スピーカーを扱い踊らない人を踊らせるための施策も未来のナイトクラブ体験では考えられます。このように、事前に収集した情報からナイトクラブ内での体験もテクノロジーとの掛け合わせによってよりパーソナライズされた、独立した空間として成り立つことも想像できます。
そして、もしこの体験の中でVFRがパフォーマンスとして導入されていたら、それは個々の対話を促す機会となります。正直にいうと、クラブ体験では必ずしも他者と対話をする必要はないです。それぞれが音楽に向き合い、そしてそれぞれがその音楽によって空間を創りだしていく。そして、そこにあるコミュニケーションを担うのは、何よりもDJである。この、音楽を介したコミュニケーションを拡張する可能性としてVFRがあり、個々がDJとして特定のナイトクラブ空間を創る手段を与えると考えます。
更に、今後のVFRによるパフォーマンスでは、他の楽器とのBtoBの可能性も十分に考えられます。特に、筆者は昨年度VFRとドラム、観客によるセッションを行いました。ここでは、VFRとドラム双方の即興性をパフォーマンスに織り交ぜ、観客を熱気に包みました。このように、DJと楽器そして観客、全てがパフォーマンスに加わるナイトクラブ空間は、未だかつて誰もみたことのない場所となるでしょう。また、DJはこれまで自己表現をする際の障壁の低さが、インタビュイーによって挙げられてきました。つまり、今後の未来においてDJは、誰しもが簡単に自己表現できる楽器の1つとして扱われていく可能性を秘めていると考えます。これにより、VFRは人々の表現の幅を拡張し、新たな楽器としてナイトクラブ空間に新たな音楽ジャンルを創発し続けるでしょう
よって、今後のクラブ体験において人々はsynClubを利用し、一般化社会とは逸脱したナイトクラブという架空都市へ旅をしながら、VFRを通じたコミュニケーションによって自身もその都市を築き上げ、音楽を奏でる一員となる。こんな未来のナイトクラブ体験がもたらされる日が来ることを私は渇望しています。あらためて、今回のMediumは私の修士論文の導入となる一部分の紹介に止まりましたが、私のナイトクラブおよびDJに関する研究は今後も続けていく予定です。その過程で、私にとってのx-Music spiritを適宜皆様に共有できますと幸いです。
Author
Kai Obara